愛国への逃走


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愛国への逃走

愛国への逃走

 何はともあれ愛国者のふりをして保身をはかること。

 一人静かに国を愛することができず、“生け贄”を叩くことが“愛国者”だと勘違いしている。

 すなわち、彼らなりのゆがんだ基準でもって“売国”“反日”を決め付け、叩くことによって愛国者ぶっているのである。

 

(以下 朝日新聞2007年2月27日

  歴史と向き合う 第6部 愛国心再考(3) 堂々巡りの愛国論議

  法制化で「規律回復」狙う

  郷土愛・排他主義ないまぜ より)

 加藤(紘一)氏によれば、愛国心論議とは国会議員にとって実は「安全パイ」の議論なのだという。

 小選挙区制のもと、議員は過半数の支持を確保しようとする。歩留まりを計算に入れれば7割の支持を集めておきたい。

 それに見合うテーマを取り上げようと思えば、利害関係者が鋭く対立する医療費や年金の問題はどうしても避けがちになる。

 日本の伝統を大切にしよう、この美しい国を愛そう。それなら幾らでも安心して語れるというわけだ。となるとこれはほとんど「愛国への逃走」である。

  

s(・・;) この「愛国への逃走」、本日(3月3日)検索してみましたが、出てきませんでした。

 この記事で初出の用語でしょうか。なかなか興味深い用語です。

 エーリッヒ・フロムドイツの人々がナチス支持に走ってしまった現象を分析した書は『自由からの逃走』。この書には民主政治の危機に直面した21世紀の日本に生きる我々にも瞠目すべき論考が含まれています。

 我々は再び“自由からの逃走”を始めているのではないか。

 或いは、

民主主義からの逃走”

極右への逃走”

とでもいうべきものか。

 

自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版

 

Escape from Freedom

Escape from Freedom

 

 また、上で紹介した記事にはもう一つ

保守誌 目立つ「反日」攻撃』

というコラムが収録されている。

 保守反動系論壇誌や単行本で“反日”などの過激なレッテル貼り付けが流行している風潮について紹介した後、以下のように締めくくっている。

 戦前の「非国民」を思わせる激烈な言葉で異論を攻撃するこうした著作の出現は、保守論壇の「勢い」よりむしろ、その貧困化を示すように映る。

「世に愛国を唱える者は多い。しかし何が真の愛国であるかを判断するのは容易ではない。

 百年前に愛国だと思われたことが、今日では愛国と思われないことがある。

 今日愛国だと思われることが、百年後にはどう思われるか。

 それは神ならぬ身の予言出来ない」

 戦前・戦後に記者、評論家として活躍したリベラリスト馬場恒吾が、天皇機関説排撃の動きが起きた35年に書いたエッセー「日本人の愛国心」の一節だ。

「愛国」を絶叫する軍国主義者たちが、いずれ日本を「亡国」に追いやるであろうことを、言論の自由が大きく制約される中、婉曲な表現ながら、馬場は確かに予見していた。

 今日の「愛国者」たちは、馬場の言葉をどう読むだろうか。

 

※カテゴリ:【キャッチコピー】※

 

ブログ初出

  http://catchcopy.g.hatena.ne.jp/minshushugisha/20070301